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たかが紐一本だろ?
2007 / 05 / 17 ( Thu )
すっかりキミキス気分で帰ってきたんですが、今週は課題があってそれどころじゃないことに気づきました。今更。遅い。
なので今日はキミキス感想日記ではなく、紐についてのお話をひとつ。

そろそろ夏ということで、日差しも強くなり、気温もガンガン上がっている今日この頃ではありますが。夏といえばやっぱりあれですよね。
そうあれ、カラフルなやつ。
見てて楽しくなるよね。


水着!!


いや薄着っていう線もあったんですが、それだとちょっと「日常的に変態」というレッテルを貼られかねないので、やっぱりここは控えめに水着にしときます。さすがに水着を普段着として街中歩いてる人はいないだろうし。居たらすかさず欧米か!と突っ込もうと思っていますが、それはともかく。
今日は水着です。
水着といってもね、あのなんていうんですか?小学校とか中学校とか高校とかでよく見るいわゆるスクール水着ではなくてですね、一般の海水浴場やプールで見られるビキニです。うん、あのセパレートなやつね。
あれって、究極なことを言ってしまえば布じゃないですか。それどころか後ろから見たらもう紐なわけですよ、紐。
ビキニの方々は自信満々に「私はちゃんと水着着てます」みたいな顔して平気で歩いてますけど、それ後ろから見たら紐ですよと。
しかも形状は下着と同じわけですよ。違うことと言ったら材質くらいなもの。下手したら背中のストラップなんて下着より細いのだってあるわけです。
なのにそれが水着として、泳ぐための着衣として定着している。
不思議ですね。不思議じゃないですか?だって裸に布と紐ですよ?それで街中歩いてたら国家権力に捕まりますよ。

じゃあ何で許されてるかって言ったら、環境と先入観です。
海やプールと言った限定された環境下であれば、水着は水着として機能しますし、逆に言えばその場でしか水着として認められません。
つまり、水着を見ることができる場所は海やプールだけなのです。ですから、その環境下で水着を見たとしても「あ、あれは布と紐じゃないか!」なんて微塵も思いませんよ。せいぜいスク水なのかセパレートなのかワンピースなのかを見るくらいです。そんなものなのです。
さらに形状としては下着と同じですから、同じ布と紐なら水着と下着を見間違えても別に不自然ではないわけです。
ただ、「海やプールには水着で来る」という先入観があるから水着と下着を混同しないというだけの話で。
そりゃ普段着よりは露出が遥かに多いので意識はするかもしれませんが、所詮それまでのこと。裸の上に布数枚という認識で水着を見ることは不自然です。

で、ここからが本題。
水着、特にビキニタイプの物ですと背中側は紐でとめますよね?もちろん細い太いはあるのですが、やはりぴったり着るためには長さを自由に調節できる紐、ないしはホック的なものであるのが一般的でしょう。
ましてやそれを着て泳ぐわけですから、並大抵の抵抗では外れないようにしっかりと固定したいと思うはずです。そりゃ誰だって人前で裸をさらしたくないですからね。当然です。
ここで問題になるのが、太い紐と細い紐のどちらが強く固定できるか?ということなのですが…どちらでしょう?
例えば、スポーツタオル。これを太い紐とし、隣に輪ゴムを用意してそれぞれを同じようにコマ結びにしたとしましょう。
さて、解けやすいのは?

こう考えると、露出を抑えるために太くしたストラップが逆に解けてしまうという事態が考えられます。まぁ実際は太いストラップの先に固定用の紐がついてるのでそんな心配はしなくてもいいんですけどね。
ともかく。
細い紐というのは単体でも固定具としての機能を果たすわけです。
しかも、どんなに細くてもそこに紐があるということがわかっていれば、先の先入観によりそれは紐ではなく水着として見えるわけです。
つまり我々はストラップの太さには関係なく、水場で見る背中の紐は水着という認識の下、夏を過ごしているのですね。それはイコール「背中に紐がある」ではなく「水着を着た背中」という認識です。

では、もしこの紐が解けてしまったらどうでしょう?
私は特に胸に関してのこだわりはないのでその辺りは個々人の想像にお任せしますが、背中の紐がなくなっただけで相当なエロスではないですか?
常識的に考えれば、紐だけで隠されてる背中なんてもう隠れてないも同然なはずなのですが、その紐が免罪符であるように背中が裸であることを隠していたのです。
まさにその最後の一線が取り払われたとき、そこに露になる背中には水着を超えたエロがあると思うのです。
その時間は一瞬でしょう。解けたとしてもすぐに直すでしょう。
でも直したところで紐であることに変わりはない。なのにその解けていた一瞬にエロの要素があるのです。
不思議だと思いませんか。
紐だけの背中というのも日常的にはまずありえない光景です。だからそれだけでもう十分刺激になり得るはずなのに、それをずっと見てきたはずなのに、一瞬紐が解けたその背中に強烈なエロスを見るわけです。
非常に不思議です。

このテーマについては2,3日考察しましたが、これはある種のチラリズムではないかという結論に達しました。
つまり、普段見えていない部分がふとした瞬間見えてしまうという意味で。
もちろん紐だけの背中というのも普段見えていない部分なのですが、水着というのは海やプールでは当たり前のように皆が着ているために、その感覚、つまりチラリズムを認識するという日常では鋭敏な感覚が鈍ってしまっているのではないかと思うのです。
普段は見ることのできない背中でさえ「海(プール)だから当然だろ」みたいな意識で見てしまっているということです!もったいない!

水着というのは言わば水場での正装です。
会社でのスーツ、学校での制服、バイトでのユニフォーム。そのような類のものと同じ見方だと考えられるのです。これらはそれぞれ形状に違いはあるものの、場所に応じて適した服装をするという意味では大差ありません。
だからこそ、見えてしまっている部分よりも見えていない部分に意識が集中するわけです。スーツでも制服でもユニフォームでも、見えていない部分、逆に言えば見せたくない部分が見えるというのは立派なチラリズムです。大好きです。
このチラリズムの究極形が、水着の紐。
言ってしまえばもうそれはモロ見えなのでチラリではないんですが、概念的にはチラリズムと括ることのできる現象です。
紐一本に許されていた裸の背中が一瞬だけ現れる。
この究極のチラリズムは、決してよく見られるものではありませんし、頻繁に見えてしまったら有り難味もありません。「紐に隠された背中」と同じになってしまいますからね。
見えているのにあえて隠す。そしてその隔たりが無くなったとき、人は言い知れぬエロスを感じるのです。それは現れた実物にではなく、これまで目を欺いてきた遮蔽物に対してのものかもしれません。チラリズムの世界とはかくも儚いものなのです。
例として単なる水着画像のいかがわしい部分にモザイクをかけるというのを思いつきましたが、さすがに当たり障りあるので自粛します。
でも今日のこの考察で、水着と紐とチラリズムに対する私の熱い熱い情熱が伝わることがあれば幸いです。

最後にきっかけとなった星乃さんとのプールデート時のCGに感謝を述べて、今日の記事を終わりたいと思います。

ありがとう。
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